嫌われないための優しさを捨て、ストレスから解放されよう

整体家のRyotaです。

今日は「優しさ」について書きたいと思います。

優しくするのは良いこと?

僕たちは幼い頃から、「人に優しくすることはいいことだ」と言われ続けてきました。

親や先生、周りの大人からこれでもか!というぐらいに。。。

「情けは人のためならず」ということわざが示すように、
人に優しくすれば自分にいいことがあると信じて生きてきました。

優しくしてきて、成功はするのか

人に優しくしない自己主張の強い人や、論理的で優しさのない冷たいような人たちが悠々と生きています。
そして親や先生の「人に優しくすることはいいことだ」という教えを忠実に守って生きてきた人たちがうつ病や自律神経失調症など「心の病」に苦しんでいる。

思うように身体が動かず、不安感や焦燥感に振り回され、学校や仕事に行けない。

そんな自分を周りは「サボっている」という一言で片付けてくる。

理不尽だと思いませんか?

なぜこんなことが起こってしまうのか?
それは「優しさ」の意味を履き違えているからです。

「優しさ」の範囲を決める

優しいことは科学的にいいことである

人に優しくするのは間違いなく良いことであるのは、チベット僧の脳研究などでも明らかになっています。
他者思考な人は脳の状態がとても良いのです。

しかし、おかしな話ですよね。
同じ「優しさ」なのに、片や脳の状態が悪く病気になり、片や脳の状態がよく幸せに生きている。

「心の病」になる人とチベット僧の人たちの優しさの違い

それは「優しさ」が誰のためかという点に違いがあります。

チベット僧の「優しさ」は、文字どおり他人に対する優しさです。

「心の病」になる人の「優しさ」は「自分のため」の優しさです。

「心の病」になる人の「優しさ」は「自分が嫌われたくない」という思いからくる「優しさ」なのです。

これは同じ「優しさ」でも天と地ほどの違いがあります。
片や「人のため」であり、片や「自分のため」だからです。

嫌われたくないが故の「優しさ」は、そもそも思ってもいない行動となるので、ストレスになります。

常に「嫌われていないか」と考えることも当然ストレスになります。

八方美人はもう辞めにしよう

この状態を打破するためには、むやみに人に優しくしないことです。

そして、八方美人になるのではなく、自分が優しくできる範囲をしっかり認識することです。

何でもかんでもホイホイと優しくするのではなく、
「ここまでならできる」
「これ以上はできない」
という境界線を自分の中で持ってみてください。

そうすることで
偽の「優しさ」に振り回されなくなります。

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