【怒りが招く自律神経失調症と首こり】仏教技術「止観」で感情抑制

この記事では、感情と自律神経の関係や怒りのコントロール法について書いています。感情の中でも特に「怒り」についてです。怒りは自律神経を乱すことはもちろん、実は首の筋肉を硬直させること知られています。首といえば、自律神経失調症の直接の原因だと言われるほどの部分です。そんな怒りのコントロール法をお伝えします。

強い怒りは自律神経を乱す原因になる

僕は自律神経失調症を発症する少し前ぐらいから、ものすごい怒りに囚われていました。家族関係など思い当たる節はたくさんありますが、特に自分の仕事に対する不満から怒りを感じていたのだと思います。
僕の専門の一つに教育があります。そのため、僕は発症当時、児童福祉施設に勤務していました。その施設には、主に発達障害の子どもたちが来ていました。発達障害の児童を教育するのに効果的なのは、以下のものです。
・運動
・自然に触れる、
・健常な子どもたちと交わって遊ぶ
これらが発達障害の改善に繋がることは研究として示されています。しかし、民間の教育施設での実態は、漫画を読ませたりして、ただなんとなく子どもたちを過ごさせています。それは僕が勤務していた施設も例外ではありませんでした。
僕は教員免許を持ち、教育に真剣に携わっています。そのため、このような実態に強い不満を持っていました。 公園に出て子どもたちが遊ぶとき、子どもの自然の流れとして、発達障害かどうかに関わらず気がつけばみんなで遊んでいます。子どもとはそういうものなんです。
しかし、施設の発達障害の子どもたちは他の健常な子どもたちと遊ばないようにと釘を刺されます。これは大人の事情です。例えば、発達障害の子どもたちが暴力を振るったりすると、問題になり施設に苦情が来る可能性があります。
公教育がインクルーシブ教育を進める中、民間の事業所の実態はこれです。しかも、発達障害のある子どもたちは健常な子どもたちと交わらない限り、なかなか成長できません。この点については、教育心理学者で心理学界のモーツァルトと呼ばれるヴィゴツキーが指摘しています。

発症前に思い当たる怒りや不安はなかったか?

ビジネスですから仕方ないと言えばそれまでですが、僕自身若く理想が高かったためにかなりの不満を持っていました。僕はこの怒りは間違いなく自律神経失調症発症の一つの原因になっていると思います。
みなさんも発症した少し前ぐらいに強い怒りや不安を感じていませんでしたか?
 怒りは科学的にもアドレナリンなどの交感神経を活性化させる物質を優先して分泌させ、筋肉を固め、身体を臨戦態勢に持っていくことがわかっています。さらに近年の研究では、怒りが直接首まわりの筋肉を硬直させることがわかってきました。
よくタバコは「百害あって一利なし」と言いますが、怒りもまさにこれと同じです。
たしかにその昔、狩りなどをしていた時代には必要であったと思いますが。仏教の開祖として知られるお釈迦様は、怒りは恥ずべきものであるという教えを説いています。この指摘は、現代の科学的な研究から見ても的を射ておりただただ感心させられるばかりです。
怒りを鎮めるには、過去記事で紹介した瞑想をしてみるのもいいですし、運動をするのも効果的です。
瞑想と自律神経についての過去記事↓
運動と自律神経についての過去記事↓

仏教の技術「止観」で怒りはコントロールできる

しかし、さらにいい方法があります。僕の経験上、怒りの沈め方については、仏教的な技術が最も効果的です。「仏教と何の関係があるのか?」と思われるかもしれませんが、実は仏教は感情(煩悩)に囚われない技術を2500年以上かけて洗練させてきた宗教です。もちろん、科学的に注目が集まっている瞑想も仏教的な怒りに対する対処法です。
しかし、皆さんには瞑想と合わせてさらに一歩先の「感情認識」というトレーニングをしていただきたいと思います。感情認識とは文字通り、感情を捉えるという技術です。専門的には止観と呼ばれる技術です。
怒りが湧いた時、「怒りを消さなきゃ!」と思うとますます怒りが大きくなってしまいます。そこで、怒りを感じたら抵抗せず、ただ観るのです。つまり、感情を観察します。
具体的には、「今、怒りを感じているな」というように行います。これは先ほど書いた通り仏教で「止観」と呼ばれる技術です。止観では、一つ上の視点から感情を俯瞰して観るのです。この技術は脳科学的にもはっきりと裏付けがあり、効果が高い方法です。
ここまで読まれた方はお分かりだと思いますが、この方法のメリットはあらゆる感情に適応することが可能だということです。恐怖であれ不安であれどんな感情でも感情に抗わずに抑えることができます。

怒りが生じる条件を知る

まず、怒りが生じる条件というものがあります。
それは
①自分にとって不利益であること。
②自分の予測から外れていること。
の二点です。
この二つが重なったとき、人は怒りを感じます。
逆に言えば、この二つが重ならない限り、私たちは怒りを感じることはありません。
例えば、①の自分にとって不利益であること。が起きたとしても、それを行ったのが小さな子どもであれば私たちは怒りません。なぜなら「子どもはイタズラをするもの」という予測の中での出来事だからです。
反対に②の自分の予測から外れていること。であっても不利益なものでなければ、それはむしろ良いことであり、私たちは怒りを感じません。
このように怒りには生じる条件があります。
このことを認識し、怒りそうになったとき二つの条件と照らし合わせ、これは本当に怒るべきか?と考えてみてください。
二つともに当てはまるようであれば、ないがしろにされているのですから怒って構わないと思います。しかし、二つの条件が揃っていないのに怒ろうとしているなら、それは間違った怒りの可能性があります。
自分の予期内で起きた出来事なのか?それともそうではない出来事なのか?
 この点を認識し、感情をコントロールしてください。

この記事についての動画解説は以下にあります。この記事の内容についてさらに詳しく知りたい方はご覧ください。

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