歪められた釈迦の思想

お釈迦様は心理学や脳科学を語る上で欠かせない存在です。ちなみに私は無宗教です。
釈迦の思想は仏教として体系づけられていますが、実は日本の仏教は元々の思想からぶっ飛んだものになってしまっています。
仏教はインドで発祥しました。(仏教が完成した地が発祥だと考える説では)
釈迦が菩提樹の下で悟りを開いたことは皆さんも一度は耳にしたことがあるでしょう。
発祥の地インドでは、日本にあるようなお墓などはそもそも存在していません。葬式の概念などもありません。先祖崇拝などもありません。
これらが認められるのは全部中国の道教儒教です。
インドから仏教が中国を経て日本に伝わる過程で、釈迦の思想は中国色に染まって届いてしまいました。
このことは多くの日本人は知らないことです。
そしていま世界中の心理学者・脳科学者が研究を進めている仏教は、中国色の仏教ではなく、原理仏教と呼ばれる発祥の思想に極めて近いチベット仏教などが対象となります。
この原理仏教の思想がものすごくメンタルヘルスやクオリティーオブライフを向上させるものであることが証明されています。
では、原理仏教とはどのような思想なのでしょうか?
原理仏教とは先ほども書いた通り、
釈迦本来の思想で、本人の編み出した仏教です。
その思想のコアになるのは「空」という概念で、すべての事物や現象は存在するし存在しないという意味になります。
例えば、目の前にコップがあり水があるとします。その水は「空」なので、あるし、ないのです。
「ある」というのはわかると思いますが、「ない」というのはどういうことかというと、水は分子に分かれます。分子は原子に分かれます。原子は陽子・電子・中性子に分かれます。さらに分けていくと、最終的に素粒子になります。素粒子は振動することで物体を物体たらしめています。
なので、水はただの素粒子の振動状態にすぎず、そこに存在していないとも言えるわけです。
このように釈迦の思想は現代科学とぴったり一致します。2500年前の思想が現代の量子力学の最先端理論と一致するのは驚異的なことです。
そこでこの考え方を心に焦点を当てて考えると、
感情は存在するし存在しないのです。
なので、感情が沸き起こってもそれを認識さえすればいいのです。「あ、いま怒りを感じているな」「あ、いま不安だな」と気づくことができれば感情は喪失します。これは脳科学で説明可能ですが、複雑なので置いておきます。要は、「感情に気づく」。これが釈迦の辿りついた仏教思想の中の瞑想の核をなすものなのです。

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