なぜ医学を極めた医者はスピリチュアルに走るのか

優秀な医者の中にはスピリチュアルな方向へ走る人が少なくありません。

このことを多くの医者や科学者は「くだらない」と思っているでしょう。
私も初めはそう思っていました。
世の中は科学で成り立っており、あらゆることには理由があるというのが私の考え方です。
でも、今回自律神経失調症になって身体について学んでいくうちに一つ気づいたことがあります。
それは身体と心は更に抽象的な何かに支配されているということです。
私はあくまで科学的な考え方に拘るのでここで「宇宙によって」「神様によって」とか言うつもりはさらさらありません。
では、その何かとはなんでしょうか?
私はそれは神経だと思っています。
神経が心や身体をコントロールしている。
これを宇宙のエネルギーだと考える人もいます。
その場合、スピリチュアルな方向へ走ります。
いずれにしても身体を学び尽くせば、
身体が単に心だけに支配されているのではないという感覚を感じます。
それがどういう表現にされるかという問題なだけで、身体と心を繋がりのあるもの、それを超える抽象性を持った何かの存在によって支配されているものとして認識しているという点においては同じです。
だから、私はスピリチュアルに走る医者は、表現はともかく本質をついていると思っています。
もちろんぶっ飛んでる人は別ですが。
最近ではスピリチュアルを科学する研究者も増えてきています。
もう一つ抽象レベルを下げて考えてみても心と身体は繋がっています。
精神的に安定している人は身体も安定しています。
ここで精神についても少し言及しておきます。
精神に一番よくないことは「我慢」です。
言いたいことが言えない。
怒りの感情は湧くけどそれを言えない。
こういう状態が続くと本当に身体を破壊するだけの力が精神にはあります。
私は散々身体について述べていますが、身体についてはど素人で本当は心理についてずっと勉強してきました。本当の専門は教育学ですが。
その中でわかったことの一つが精神→身体という方向性です。脳科学では、端的に言うと精神が全てであらゆる病は心に左右されると考えます。
例えばプラセボなどはその最たるものです。
大病であっても本人の「治った」という確信があれば綺麗に消え去ります。脳科学ではこれをもって精神→身体という方向を基本とします。
私が病は感情から治ると言うのもこの理論をベースにしています。
一方、脳科学者や心理学者の中でもこれに真っ向から対立するする考えがあります。それが身体→精神という方向です。例えば運動から鬱を治そうと考える研究者たちはこちらの立場です。私がこのブログでベースにしているのはこちらの考えです。
とはいえ、本心を言うと私は前者派です。
では、なぜ後者を勧めているのかというと、
前者の実践が難しいからです。
認知科学において、心は信念によって形成されています。そして、信念は幼い頃に形成されて、頑固なものとして私たちのアティテュード(態度)を支配します。
なにより問題なのは信念を変えるのはプロの心理士でも相当難しいということです。
変える方法があるにはありますが。
だから、これを自律神経失調症によってボロボロになっている方に勧めることは現実的ではないと判断しました。
こういう思いでこのブログを書いています。
もしだいぶ症状が落ち着いてきているのでしたら、精神について学んでみても良い頃かもしれません。

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